マッターホルン
僕は今、標高3130メートルにあるゴルナーグラートという展望台にいます。
朝のとても早い時間であるため、観光客の多くは山の麓の町でその目を覚まし
始めた頃のはずで、この展望台には自分以外の人間はまだいません。
同じ高さの視線の先には、生まれたばかりの青い空に突き刺さるようにその山が
聳えていて見渡す限りのアルプスの風景はとても現実味を欠いたある種の幻にも
似た空間となっています。記録的な高地であるため、夏だというのに目の前の
山々の多くはその頂に雪を抱えていて、視線を左下に移せば遠い昔から氷のまま
に存在し続ける氷河がその風景に迫力を加える一助となっています。
目の前の美しい風景は、その迫力とは裏腹に自分がこれまで目にしたどの風景
よりも脆く、壊れやすいという印象を僕に与え、小さい頃に暗闇に舞うホタル
をとても慎重に手のひらにのせて鑑賞したように、一枚一枚丁寧にその空間を
切り取る作業を続けました。
2008年8月19日早朝
次回は、【第2話 エジプトのピラミッド】
text and photo by SHIMA from London